verry berry


prologue:素朴な疑問


「なあ、レノ」
台所でとんとん包丁を叩きながら、夕飯の準備中。生活費節約のための地道な自炊です。タークスだし、別に金に困っているわけでは全然なく、個人的趣味といえば非常に聞こえがいいバイクの改造に費やすための資金を貯めているだけ。マニアックな部品は思う以上に高かったりするからだ。
その努力を無下にしようとしている愚者が、
「何か用か?」
ここに一人。
「それはこっちの台詞だ!」
この赤毛ときたらここ数日、人の家に上がり込んでは夕飯をせびり、一通り俺をいじり倒して帰っていくという、嵐のような無礼者ぶりを発揮している。これがまた鬱陶しいことこの上なく、今こうして下拵え真っ只中な状態の俺の背中にべったり張りついて、悪戯やら摘み食いやら、子供のような邪魔を散々繰り出してくる。ああくそ、タダ飯食いにこの上邪魔とは、捗らないったら。
「離・れ・ろ!動きづらいだろーが、この子泣きジジイ!」
「こーんないい男が抱きついてやってんだから、光栄だと思えよ、と」
「思えるかっ!」
こうも始終くっつかれては、どうにも落ち着かない。何をしていてもレノ、レノ、レノ。視界に入る赤に酔いそうだった。
「えぇーい、邪魔だ!退け!!つーか帰れ!!」
「いいだろ別に。減るもんじゃなし」
「現に俺の食費が減ってるだろ!帰ってテメーの金で食え!」
「いやーんロッドくんがつめたーい」
「『いやーん』じゃない!」
気色悪くて背筋が寒くなる。肘でぐいぐい押して、何とかレノを引き剥がそうと試みた。
「自分のメシくらい自分で作れよ。それとも何か、レノってもしかして作れない人?」
「あ、テメー、馬鹿にしてんな。このレノ様を舐めんなよ、と」
妙に自慢顔なレノ。そんなこと誇って言われたって、
「本当に作れんのか?俺、あんたが何か作ってるのなんて見たことないぜ?」
社食や外食、ルードの家等、自宅外でレノがものを食す姿は何度か見ているが、果たして自炊なんかできる男かどうか。ふと思い立った疑問に、俺の意識は夢中になった。
論より証拠っていうよな、ここは一つ。
「レノ、あんた何か作ってよ」
「嫌だぞ、と」
即答かよ。
あまりに早い決断で、思わず包丁を取り落としそうになった。危ない危ない。
「何でだよ!」
「ロッドってゆー便利屋さんが目の前にいて、何で俺がわざわざ労力費やさなきゃならないんだ?んな面倒なこと、」
できるかよ、と。
興を削がれたと息を吐いて、レノは呆気なく俺の身体から離れて台所から出ていった。気分屋め、誰が便利屋だっつーの。
「ったく…にしても、気になるよな」
レノの料理の腕具合。
これはどうにかして試してみたくなった。
かといって、頼んで素直に言うことを聞くとは思えない。
手っ取り早く、且つ確実にレノを嵌めて作らせる方法は。
「…そーだ!」
いいことを思いついた。
自身の頭に浮かんだ最上級の策に、俺は含み笑った。
見てろよ、レノ。
何が何でも作らせてやる。
さあ、ミッションの開始だ!

mission1:協力者を確保せよ


「ちょっ…ヤだ、ザックス!」
ソファに組み敷き身体を貪ろうとする黒髪の下で、クラウドは必死に足掻いていた。首元に顔を埋めるその頭を力の限り押し返す。掠めた舌にぞくりとして、慌てて頭を振った。
「俺っ、明日早いんだよ…離せっ!」
「無理させないって、な?」
「な、じゃない!嫌なものはヤ…っん!」
もともとの兵士としての器量の差に加え、どうしても態勢が悪い。拒絶を繰り返す口を塞がれて、口腔内を犯される。ダイレクトに鼓膜を揺らす水音に過敏に反応した羞恥心が、クラウドの身体に熱を持たせた。
「ん、…ぁ」
こうなっては抵抗も徒爾に終わる。霞がかった思考で、ああ今日も流されるのかと、げんなりした。


ピンポーン。


ちょうど唇を離したところで無機質な電子音が来客を告げる。不躾な訪問者に、ザックスは不機嫌そうに身体を起こした。
「あー…誰だよ、こんな時間に」
「出なきゃ。退け」
「…このまま居留守とか寝たふりとか、」
真摯に見つめたザックスに、
「…」
クラウドは馬手を振り上げた。





パァン!


「ん?何の音だ?」
寡黙なドアの前で待ち惚けている俺の耳に届いた音に首を傾げる。次いでばたばた騒々しく足音が近づいてきて、ドアが開く音と同時に止まった。扉脇のプレート『ZACK/CLOUD』の、後者の方が慌ただしく姿を現す。
「あ…ロッド」
「よ、クラウド。こんな時間にごめんな…って、」
俺の来訪に驚いているクラウドは、中途半端に開いたシャツの襟を押さえていて、
「大丈夫か?顔赤いぜ」
「えっ…や、あの、大丈夫!」
不自然に狼狽えていた。
「?」
「そ、それより!どうしたんだ?何か、用?」
「あ、そうそう」
訳はわからないけれど、とりあえず訪ねてきたのは俺なので、自分の用件を聞いてもらうことにした。
「ちょっと相談があってさ。いいかな?」
「う、うん、是非!是非上がっていって!その方が俺も安全だから!」
「安全?」
「い、いいから、早く!」
ぐいぐい腕を引くクラウドに戸惑いながら、部屋に案内された俺は、





「…ああ、なるほどね」
部屋に入るなり、クラウドの挙動不振な態度の理由を察した。
「…よぉ、ロッド」
「ザックス…災難だな」
真っ赤に腫らした左頬を涙目で擦るザックスを見つけてしまったからだ。犯人半確定のクラウドはというと、俺の背中にぴったり張りついて、ザックスとの距離を縮めようとしない。想像はつくけれど、色んな意味で俺は物凄い邪魔をしてしまったらしい。
「で、どうしたんだ?」
「ああ…」
気まずい両者に板挟み状態、俺は居心地の悪さをひしひしと感じながら訳を話した。
「…つまり、何とかしてレノにメシ作らせたいってことか?」
事情を聞いたザックスはそう言って、
「止めとけって。絶対後悔するぜ」
ちゃんちゃら可笑しいと笑ってくれやがった。
「な、何でだよ!」
「何でも何もなぁ…」
ザックスは頭を掻いて、苦笑するばかり。訳のわからない俺はじりじりと業を煮やす。
「何だよ…あ、もしかしてザックスは知ってるのか?レノが料理上手かどうか」
「んー…まあ…」
煮え切らない返答をするザックス。説明するのが面倒なのか、それともそれ以外の理由かは知らないが、
「…試した方が、早いかもな」
あっさり前言撤回してしまうところが、ザックスらしいというか。
「…じゃあ、協力してくれよ?」
「何するつもりなんだ?」
背中のクラウドが尋ねて、俺は誇らしげに胸を張った。これ以上の上策は絶対にない。
「ふふふ、よくぞ聞いてくれました!」
俺がポケットから取り出したそれは。

mission2:レノに制勝せよ


「『大富豪』だぁ?」
夜夜中に押し掛けてきた俺が手に持つカードを、レノは至極鬱陶しそうに眺めて言った。
「そう。やろうぜ、レノ」
「何でまた突然…しかも同伴者が多いことで」
ちらりと向けられた視線はザックスとクラウドに当てられる。あまり面識のないクラウドはともかくとして、ザックスは明らかに横を向いていた。
「…態度悪ィな、と」
「ま、まあまあ。とにかくやろうぜ、大富豪」
ここで表面上の不仲を理由に計画をおじゃんにされては元も子もない。何とか執り成して、円形になるように三人を座らせた。
「ただやってもつまんねーからさ、賭けようぜ」
「何をだ?」
早速レノが食い付いてきた。一番素っ気なかったくせに、賭事と聞けばこれだ。内心で呆れる。
「大富豪になったやつは、一つだけ何でも言うことを聞いてもらえる。対象は大貧民になったやつ一人でもその他でも、もちろん全員に向けてもいい。とにかく、自由」
それなりに緩いルール。けれど絶対権を手に入れられる、またとない機会。
そんなチャンスを、レノが逃すはずがない。
「…いいな、それ。乗ったぞ、と」
「そうこなくちゃ」
まんまと俺の策略に嵌まってくれたレノに、俺は余裕に見せ掛けて北叟笑んだ。
これでほぼ計画は成功だ。こちらは手駒が俺を含め三人。このうち誰か一人が大富豪になればいいのだから、俺一人で挑んだ場合より確率はぐっと上がる。そうして負けたレノは、深謀遠慮な富者によって料理を作らされるというわけだ。
「…どうせなら、五回勝負にしようぜ」
「は?」
「一回じゃ、すぐ終わっちまうだろ?と。五回ゲームして、ラウンドが終わった時点で総合成績が一番だったやつが、大富豪」
レノの追加事項によると、上がった順に4点から1点の点数を与えて、ラウンド終了時に最高得点を取った者を勝者とする、というもの。一瞬読まれたかとひやりとしたが、このくらいの誤算は想定内。寧ろこちらの強みになる。
「…いいぜ。後悔すんなよ!」
勝利を確信した俺は、意気揚揚としてトランプを配り始めた。





「お、さすがクラウド。やっぱ勝負運あるな」
クラウドの総合成績:大富豪三回、富豪二回の18点。
「そういうザックスだって、絶対大貧民にはならなかったじゃん」
ザックスの総合成績:富豪三回、貧民二回の13点。
「レノなんか面白いぜ。トップかビリしか取らねーの」
「中途半端なことはしない男なんだよ、と」
レノの総合成績:大富豪二回、大貧民三回の11点。
そして。
「ロッドは…うわ」
「負け通してるな…しかも地味に」
俺の総合成績:貧民三回、大貧民二回の8点。
「う、煩い!今日は調子が悪かったんだ!」
「調子ねぇ…ただ単に実力が伴ってないだけだろ、と」
にやつくレノが腹立たしい。自分だって大貧民経験者のくせに。
「何はともあれ、賭けは有効だよな?」
ザックスの言葉にはっとする。そうだ、激昂してる場合じゃない。俺は直接勝てなかったけれど、協力者であるクラウドが勝者だ。これで俺の念願が叶う。
「そ、そうだった!クラウド、どうする?」
なんて聞きながら、クラウドを見つめる俺の瞳は嬉々とする。わかってるよな、そのためのゲームなんだ。
「あ、えーと、それじゃあ…」
「おい、ちょっと」
俺の願望を代弁しようとしたクラウドの肩をレノが掴む。そのまま後ろを向かせて、二人でこそこそ密談。何だかとても、とても嫌な予感がする。
振り向いたクラウドは申し訳なさそうに、
「ごめん、ロッド」
「はい?」
けれど確かに嬉しそうに、
「レノさんに全権、バトンタッチ」
とんでもない裏切りをみせてくれました。
「は!?」
「考えてみたら、別に叶えたいこともないし。だったらほかの人に譲る、っていう願いにした方が有効かなって」
「なっ…だったら何で俺じゃないんだよ!?」
非難めいてクラウドを見ても、ふい、と視線を逸らされ誤魔化される。何てことだ。まさか、まさか。
「ま、大富豪が決めたんだから、言うこと聞かないとな、と」
嵌められた。
上機嫌のレノが俺を肩に担ぎ上げて、欣然として寝室へ向かう。俺は与えられた打撃にただただ呆然としながら、あっという間にレノの思惑に嵌まってしまうのだった。





「クラ、レノに何て言われたんだ?」
「『一週間社食奢ってやるから、全権俺によこせ』って」
「クラウド…ロッドはいいのか?」
「何とかなるんじゃ?」
「…(可哀相に…)」

epilogue:麒麟


「…きろ、」
未だ倦怠感を引き摺る身体を揺さ振られて、不快に眉を寄せる。瞼を閉じたまま唸り声を上げて拒絶の意を示すと、身体の揺れが酷くなった。
「起き…い、ロッド、」
「ぅー…」
身体が怠くて、どうしても瞼を開けたくなくて、いやいやと渋っていた俺にひとつ、
「起きろっつってんだろが!」
強烈な蹴りが。
「って!何すんだコラァ!!」
頭を思い切り蹴られて、痛みに即座に切れた俺は、今まで散々嫌がっていたくせに一瞬で身体を起こす。
けれどやはり身体は正直で、
「いっ…!」
昨晩、というか今朝方まで酷使された腰に、物凄い鈍痛が。痛みに耐えかね蹲ると、愉快そうな笑い声が冷酷に降ってきた。
「なかなか起きないのが悪いんだぞ、と」
「あっ、あのな…」
ずきずき痛む腰部を擦り擦り、確信犯を恨みがましく睨む。するとレノは何物かをトレイに持っていて、
「ほら、」
それを俺に差し出した。
「卵…雑炊?」
小振りの土鍋に美味しそうな雑炊が湯気を立てていて。俺は一瞬言葉を失った。
「これ、あんたが作ったのか?」
「俺以外に誰がいる」
「あ、いや…ザックスとか?」
「あいつらなら夜のうちにとっくに帰ったぞ、と」
呆然とする俺を気にもせず、レノはチェストにトレイを置いて、散蓮華に一匙掬う。息を吹き掛けて熱を飛ばすと、俺の口元にぐいと押しつけた。
「あーん」
「いっ、いいよ、別に食わせなくたって」
「何だと、このレノ様の手料理をお前、いらないとか言うつもりか?と」
「いらないとは言ってない!というより!」
どうして急に、こんなこと。
普段決して見られない状況に驚いているのだと伝えると、レノはわしわし頭を掻いて、
「…食いたいって言ってた気がしたんだけどな、と」
小声でそう言ったのを、俺は聞き逃さなかった。
つまりは、アレか。別におかしな作戦など練らなくとも、素直に頼めば聞いてもらえたと。
骨折り損の草臥儲け。俺の努力は無駄骨だったのです。
「ほら、食うのか食わないのかはっきりしろよ、と。それとも口移しでないと食えないか?」
「げっ!いい、いい!普通に食う!いや食わせてください!」
そんなことをさせてみろ、また抱かれてしまっても文句は言えない。必死に首を横に振ると、レノは少々残念そうに蓮華を俺の口に運んだ。
こんな形で念願叶うとは思いもしなかった。何とも納得できない結末だが、折角レノの料理の腕を確かめるチャンスだ、ちゃんと食べておこう。
そうして食した雑炊は、
「う、」
余りにも美味すぎた。
雑炊ごときでここまで美味く作るって、一体どうすればできるっていうんだ。俺は唖然とした。
何だよこれ、詐欺じゃないか。本当はシェフ並の腕を持ってるくせに、面倒だからというふざけた理由で普段作ろうとしないと、そういうことか。
「どーだ、美味いだろ」
誇らしげに笑うレノ。こんな腕前のやつにわざわざ毎日作ってやっていたのかと考えると、何だか非常に腹が立った。
腹が立ったので、
「…今度からあんたが全部作れ、馬鹿!」
差し出された二口目を拒否して、ベッドに籠城を決め込んだ。今まで食べたものの中で一番美味かったなんて、死んでも言ってやらない。
「何で俺が罵られなきゃならないんだ?と」
「知るか馬鹿!」
狡猾な天才チーターを罵倒しつつ、俺は毛布の中でゆっくり微笑んだ。
だって、やっぱり俺のために作ってくれたという事実は、大きいだろ?
しばらく料理上手を盾にレノに作らせることにしようと、新たなミッションに笑うのだった。





蛇足。
「ザックスは俺に料理作ってほしいとか、思わないのか?」
「ん?作りたい?」
「そういうわけじゃないけど。作れないし」
「んー、クラウドが作れようと作れまいと、作る必要はないかな」
「何で?」
「俺が作ったの食べさせたいから。だから作んなくていーよ」
「…」
「惚れ直した?俺ってばいい嫁になるぜー」
「…そんなゴツい嫁、いらない」
「…」


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